わが街札幌の大バコなら【ディスコを超えたディスコ】釈迦曼荼羅、ライトがいっぱい付いた
どでかい鉄の玉が時おり天上から出て来てグルングルン回るクレタ、
パルコの裏にあったフリーフード、フリードリンクのClub D、
クラブなら、AL's Bar、グローブ等それなりにハシゴ出来て楽しんでいた。
当時のクラブカルチャーはまだ始まったばかりで、そこに集まってくるヤツらは勿論、
人より一歩先に流行を受信していた人種なので、社交場自体が個性の固まりだったな。
どのクラブにも様々なジャンルのキッズ達が来ていて自由に楽しんでたのに比べて、
今のクラブはカテゴライズされすぎてるところがつまらないな。だって行く前から大体どんな感じか想像つくだろ?
時代の流れ、1つのジャンルをより追求してしまうと仕方ないんだろうけどな。
札幌は80年代からハウスが盛んで、オレが今回Dee Jayする事になったClub Wallも
ハウスの巨匠ラリーレバン、デヴィットモラレス、
そしてまだハウス時代のボビーコンダース、レゲエのDJもN.Yからマイキージャレット、
今はデマスファミリーのマイキーメリカンもゲストに迎えていた地方都市ではかなりのイケイケクラブだった。
「そんなクラブで歌える」 オレは興奮で眠れぬ夜を過ごしていた。
ハウスマヌカン、ストアロボットの店員、美容師の友人達、
みんなが学生のオレのパフォーマンスを見に来てくれる。
本当に今だったら考えられないけど、レゲエナイトには様々な人々が来ていたのにみんな友達で仲が良かったし、
良く誰かしらの家でパーティーもやっていた。ただ、オレの友達には共通点があって
みんなセンスのいい音楽を聴いていたし服の着こなし方も上手かった。
オレが自信を持って言える事の1つがこの関係だ。
ダサイ見た目のアーティストのレコードは聴く気になれない。ダサイと言うのはいくらイケメンが着飾っても、
その人の中身が見えてしまうクダラナサだ。元々がイモかったら尚更だけどな。オシャレをしてクラブに音楽を
聴きに行くという事は、オレたちのライフスタイルだ。
それぞれがカッコ良く着こなして、酒をたしなんで踊る場所がクラブだ。この2つ無くしてシーンの向上は
全く持って無いものと、オレは確信する。
ただアホみたいにテキーラかっ食らって泥酔してるヤツなんかもってのほかだ。
そんなヤツ、N.Yでもジャマイカでもあまり見かけないだろ?
音楽をもっと聴け!ファッションセンスを磨け!
オレは本番当日、午前中から部屋の窓に向かって何度もDee Jayの練習をしていてた。
そして万が一のために夜に歌う3曲分のカンニングペーパーを作っておいた。
夜の12時過ぎ、オレはclub Wallのブースの影にいた。中野くんがオレのやる3曲のための45'を用意している。
さあ、ここからDee Jayというとてつもねー世界に突入だ!!!
後編に続く...お楽しみに!!
▲Club Wall でのRub a Dubの様子。
2013.05.20:PAPA Bのとてつもねー世界