《なんとか荘》みたいな古いアパートの共同玄関で靴を脱いで2階に上がった角が彼の部屋で、
リラックス出来る部屋の中には7インチと貴重なLPが山の様にあって、オレはどのレコードにも興味津々だった。
「今迄出たダンスホールの7インチだけなら、2000~3000枚で揃えれるみたいだよ」中野くんが言った。
頑張れば買い揃えられなくもないなとオレは思った。
OKADOさんは60分のカセットテープのA面とB面にびっちり、曲~オケ、曲~オケの順にダンスホールチューンを入れてくれて、
曲名と歌っているアーティストがプリントされたラベルまでカセットに貼ってくれて、
「この中から気に入った曲を選んでDJ乗っけてみなよ」と言って渡してくれた。
この中に入っている曲は全て覚えてるし、今でも大切に保管してある。
ウキウキで家に戻って早速曲作りにトライしてみる事にしたが、リリックを書くにあたってオレがやってみたかったスタイルは、
先に中野くんが紹介しくれたRankin Taxiの様な日本語スタイルだった。
Rankinさんの曲の世界はダークで攻撃的なイメージだったが、コミカルなスパイスも効いていて、
二十歳そこそこのオレの凝り固まった先入観を見事にぶちこわしてくれた。
それから10日ほど経って、出来た3曲(確か、そうだったと思う)をOKADOさんと中野くんに聴かせたところ事の他評判が良く、
「例のClub Wallのオーナーで通称《タイショウ》に聴かせて、レギュラーMCにする様に頼んでみる。」とOKADOさんが言ってくれた。
「あのクラブで歌えるかもしれない!最先端だ!オシャレだ!ワクワクだぁ!!」 オレは少しだけ自信があった。
次の日曜日、中野くんに付き添ってもらい、オープン前のClub Wallに行った。
開きっぱなしの鉄のドアを通って中に入ると、音も出ていないガランとした店内のDJブースにだけスポットが灯っていて、
そこにはギラッとした目の、ナイフの様な、アニメで言うとガッチャマンのコンドルのジョー見たいな《タイショウ》が立っていた。
「ウッ、この人今迄見た事ないイカツさだなぁ、、怖ぇ~、、」
怯みそうになったけど、恐る恐る、「テープ聴いてもらえましたか?」と聞いてみた。
《タイショウ》は顔色1つ変えずに、「オマエ、来週から来い」と言ってくれた!
何か言われるんじゃないかと思ったが、あまりにもあっさりとオーケーしてくれたのでビックリしたが、
「やったー!」と叫びたい程嬉しかった。しかしその場はクールに押さえて、お礼を言って帰る事にした。
「やったね!オレもここでセレクターやる事になったから、一緒にできるね」
中野くんが言った。来週の日曜日が待ちきれないほど楽しみだった。
さぁ、ここからオレはDee Jayと言うとてつもねー世界に入る事になったのだ!!
続く........
▲北海道初のラップグループ【MD RAD】のDJ SUMIとPAPA BON、中野氏。彼は今でもMAWASHI Recordで回してる!!
2013.04.20:PAPA Bのとてつもねー世界