
本名:Garnett Damion Smith
出身:ジャマイカ マンチェスター
生年、没年月日:1966年4月2日〜1994年12月10日
90年代のレゲエシーンを語る上で最も重要なシンガーであり、当時のレゲエシーンに大きな変換をもたらした。Bob Marleyの再来と言われた彼の功績は、死後10年以上経った現在でも語り継がれている。
12歳の頃、Little Bimbo(リトル・ビムボ)という名でDeejayとしてキャリアをスタートさせる。名付け親はSteely Johnson。当時はDestiny Outernational、Pepper's Disco、Stereophonic、Soul Remembranceなどのサウンドシステムで修行し、初のレコーディングは1987年、[Problem Every Where]。
その後キングストンに活動の場を移し、シンガーへと転向。晩年のKing Tubbys、Jammys、Penthouse、Steely & Cleevyで録音を繰り返した。
再び故郷に戻ったSilkは、幼なじみのTony Rebelに紹介されたAnthony Rochesterと共に、[Roof International] を録音した後、Bobby DegitalのDigital Bから初アルバムにして代表作、「It's Growing」を発表。
それからは [The Rod] 、[I Am Vex]、[Lion Heart]、[Seeing Zion]、[Lord Watch Over Our Shoulders]、[Hello Mama Africa] 等の大ヒット曲で、ジャマイカ中に旋風を巻き起こし、スラックネスや暴力をテーマとした、当時のダンスホール・レゲエ・シーンにラスタ回帰の流れを取り戻した。その後、多くのアーティストが影響を受け、ラスタ的な曲を書くようになった。人気アーティストTerry Linenのアーティスト名"Linen"は、Garnett Silkへの憧れから彼のSilk(=絹)になぞらえて付けられている。
そして、アメリカのAtlanticレーベルとの契約話が持ち上がった矢先、オーチョリスの自宅で火事により、母親と共に不慮の死を遂げている。彼の死については、不慮のガス爆発説や、麻薬取引に関わったための報復説、暗殺説などの様々な噂があるが、真相は分かっていない。
没後、ベスト盤等が多数リリースされているが、彼が生前に発表したアルバムは、1992年の「It' Growing」のみである。
何といっても名前の通り透き通った絹のような美しい歌声に、そこから発せられる「愛」や「カルチャー」について説いた素晴らしいリリック。ソングライターとしても超一流であった。